2008年版バフェットの手紙(11)-2(最終回)
原文はこちら→2008年版会長の手紙
今回はとうとう最終回。
株主総会のメインイベントとなっている、株主からの質問にバフェット氏とマンガー氏が答える、質疑応答の進行方法が今年から変更になるようです。
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今年は、株主総会での質疑応答時間の進行方法を大きく変える予定です。近年、私達はバークシャーとその事業に直接関連のある質問を、ほんの一握りしか受けませんでした。昨年はそういう質問は実質的に一つもありませんでした。ですから、私達は討論をバークシャーのビジネスについてのものへと戻すよう軌道修正する必要があります。
関連した問題の中に、午前7時に開扉するなり、質問者用の12個のマイクに真っ先に並ぼうとする人達を先頭に、狂ったような突進が起こっていました。このことは安全上の見地から望ましくありませんし、私達は短距離走の能力が誰が質問をするかの決定要素であるべきだとも思いません(78歳にして、私は足の速さが過大評価された才能であるという結論に至りました)。ここもまた、新しい方法が望ましいでしょう。
一つ目の変更として、代表的な新聞や雑誌、テレビといった機関から数人の金融ジャーナリストが質疑応答時間に参加し、チャーリーと私に、株主がEメールで送って来た質問を訊ねることにします。このジャーナリストとEメールアドレスは以下の通りです。キャロル・ルーミス、フォーチュン誌、cloomis@fortunemail.com;ベッキー・クイック、CNBC、BerkshireQuestions@cnbc.com;アンドリュー・ロス・ソーキン、ニューヨーク・タイムズ誌、arsorkin@nytimes.com。送られてきた質問の中から、それぞれのジャーナリストがもっとも興味深く、重要だと判断した質問を1ダースあまり選びます(Eメールを送る際には、あなたの質問が選ばれた場合、あなたの名前を出しても良いかどうかジャーナリストに分かるよう明記して下さい)。
チャーリーも私も、訊ねられる質問についての手がかりは全くもらえません。私達はジャーナリスト達がタフな質問をいくつか選んで来ると知っていますし、それは私達の望むところです。
二つ目の変更として、自分で質問をしたいと希望する株主の為に、各マイクについて、8時15分から抽選を行ないます。株主総会では、ジャーナリストからの質問と抽選で選ばれた株主からの質問とを交互に行なっていきます。従って、少なくとも質問の半分は――皆さんが送る質問の一団から選ばれるものは――確実にバークシャーに関連するものとなります。私達はその一方で、観衆の中からの良い――ことによると愉快な――質問にも引き続きお答えしていきます。
それでは、私達の資本主義者のためのウッドストックに参加し、私達にこの新しい方式が気に入ったかどうかを知らせて下さい。チャーリーと私は皆さんにお会いするのを心待ちにしています。
2009年2月27日 ウォーレン・E・バフェット
取締役会長
近年のバークシャー株主総会での質疑応答が、バークシャーのビジネスとは関係のないものになっていた、というのは、この間、僕も記事にした「バフェットの株主総会」で著者のジェフ・マシューズが指摘していました。
やはりこの点については他ならぬバフェット氏も危惧していたようで、
あらかじめ金融ジャーナリスト宛に株主から質問を送ってもらい、
バークシャーのビジネスに関連のある質問だけを総会で質問してもらう、という形式に変更するようです。
あらかじめ金融ジャーナリスト宛に株主から質問を送ってもらい、
バークシャーのビジネスに関連のある質問だけを総会で質問してもらう、という形式に変更するようです。
質問の内容については、バフェット氏もマンガー氏も一切事前に知らされることはない、というのはこれまでの形式と同じであり、公平なやり方になっています。
その一方で、質問の半数は従来通り会場に来た株主からの質問も受け付ける、
という点はバフェット氏の株主への配慮の表れ(過去の総会で、ビジネスと関係ない質問をした株主達を否定しないという意味で)とも感じられました。
という点はバフェット氏の株主への配慮の表れ(過去の総会で、ビジネスと関係ない質問をした株主達を否定しないという意味で)とも感じられました。
これで2008年版バフェットの「バークシャー・ハザウェイ株主への手紙」の全文和訳は終わりです。
また1996年までの内容はバフェットからの手紙(ローレンス・A・カニンガム編著、増沢浩一・監訳、PanRolling社)として日本語版も出版されています(1997年~2006年までの手紙をカバーした改訂版も、原書では既に出版されているようです)。
しかし、その最新版をより多くの日本人にタイムリーに読んでもらえたら、と思い挑戦し、何とか最後まで訳し終えることが出来ました。
また自分で読むだけではなく、日本語訳文を書いてみることで
あいまいだった理解が鮮明になるなど、得るものも多くあった気がします。
あいまいだった理解が鮮明になるなど、得るものも多くあった気がします。
ここまで長文にも関わらず読んで下さった方々、お疲れ様です。
そして、ありがとうございました。
(了)