babooconの雑記

東京都在住、アラサー個人投資家のつれづれ日記。

2008年版バフェットの手紙(8)-2

ウォーレン・バフェット氏がバークシャーの株主にあてて書いた手紙の翻訳記事の続きです。


原文はこちら→2008年版会長の手紙


この章では、昨年バークシャーが行なった免税債券保険についての説明の後半部分です。


前半部分で、昨年バークシャーは非常に有利な条件の債券保証を引き受けることが出来たが、
一方でこのビジネスがこの先も儲かるかどうかについては慎重な見方を崩さない、と述べていました。

後半ではバフェット氏がそのような慎重な見方をしている理由について説明しています。



 免税債券に対する保険が非常に低い保険料率となっている理論的根拠には、デフォルトが歴史的に低かったという背景があります。しかしその記録は、発行体が保険のかけられていない債券を発行してきた経験を大いに反映しています。免税債券保険は1971年以前には存在しておらず、そしてその後でさえもほとんどの債券は保険をかけられないままでした。


 全体が保険によってカバーされた免税債券は、保険をかけられていない、しかしその他の点では類似した債券とはいくらか異なった損失を経験するのは確かでしょう。唯一の疑問は、それがどれほど異なっているか、です。なぜそうなるかを理解するために、1975年にニューヨーク市が破綻の淵に立っていた頃に戻ってみましょう。当時、同市の債券――実質全ては保険をかけられていませんでした――は同市の裕福な住民やニューヨーク市内の銀行、その他の機関によって大量に保有されていました。これら地元の債券保有者は同市の財政上の問題が解決して欲しいと切に願っていました。そこでほどなく、多数の購入者達の譲歩と協調によって解決策が生み出されました。それがなければニューヨーク市民と企業の全員が、保有する債券によって広範囲かつ重大な損失を体験していたでしょう。


 ここで、その代わりに同市の全ての債券がバークシャーによって保険を引き受けられていたと想像してみて下さい。同じようなベルトの引き締めや増税、労働者の譲歩、等々は進んで行なわれていたでしょうか?もちろん行なわれなかったでしょう。最低でも、バークシャーは必要な犠牲を「負担」することを求められていたでしょう。そして、当社のポケットの深さを考慮すると、必要となる貢献はほぼ確実に相当の額に上っていたことでしょう。


 地方行政は将来、今日までよりもはるかに厳しい財政問題に直面していくことでしょう。昨年の報告書の中で私が述べた年金債務はこの悩みの巨大な貢献者となるでしょう。多くの市や州が2008年末での年金基金の状態を精査したら、きっとぞっとするでしょう。資産と現時点における負債の現実的数値に基づく評価との差額は、まったく驚くほどになっているでしょう。


 大幅な収益の不足に直面したとき、その債券の全てに保険がかけられているコミュニティは、保険のかけられていない債券を地元銀行や住民によって保有されているコミュニティよりも、債券保有者にとって都合の良くない「解決策」をとろうとする傾向があるはずです。免税債券の分野における損失はまた、それが起こる時、発行体の間で大いに相互関係を伴いがちなのです。もし2、3のコミュニティが債権者に支払いをせず、債務放棄をすれば、他のコミュニティも追随する見込みが大きくなるのです。一体どこの市長や市議会が、はるか遠くの債券保険会社への苦痛よりも、地元市民に大幅増税という形で苦痛を与えることを選ぶでしょうか?


 それゆえ今日、免税債券保険は――事実上、自然災害への保険と似て――危険なビジネスであるという様相を呈しています。両方とも、損失のない年が数年続いた後に、それまでの利益が全て吹き飛んでもまだ足りないほどの破滅的な体験に見舞われる可能性があるのです。したがって、当社は、他のモノラインが通常喜んで応じていた多くの種類の債券を避けながら、慎重にこのビジネスを継続するよう努めていくつもりです。


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 保険のかかっていない債券の分野での損失の経験を多くの債券が保険をかけられている擬似的な分野へと投影するような誤った考えが、金融の他の領域でも突然現れてくることがあります。数多くの「バックテスト」はこの類の誤りを招きやすいものです。それにも関わらず、これらは金融市場において頻繁に将来の行動の指針として勧められています(もし単に過去の財務データを眺めるだけで将来何を持っているべきか分かるなら、フォーブス誌が発表する400人の富豪は全て図書館の司書で占められているはずです)。


 事実、不動産担保ローン関連証券による、感覚が麻痺するような額の損失は、大部分がセールスマンや格付機関、投資家によって用いられた歴史に基づいた欠陥のあるモデルによってもたらされたのです。これらの人々は、住宅価格がほんのわずかしか上昇せず、住宅投機が無視できる程度だった期間の損失経験を眺めていました。それから彼らはこの経験を将来の損失を評価する指標にしました。彼らは住宅価格が直近で天に昇るほどに上昇し、融資のやり方がずさんになり、そして多くの買い手が買う余裕がないはずの家を選ぶようになったという事実を、幸せにも無視しました。要するに、「過去」の領域と「現在」の領域は非常に異なる性質を持っていたのです。しかし貸し手、政府、そしてメディアはこの何にもまして重要な事実を認識できなかったのです。


 投資家は過去のデータに基いたモデルは信用するべきではありません。ひどく大げさな聖職者がベータやガンマ、シグマ等のような難解な用語を用いて組み立てると、このようなモデルは強い印象を与えがちです。しかし、投資家はあまりにも頻繁に、これらのシンボルの裏にある仮定を確かめることを忘れがちです。私達の助言はこうです。「公式の衣をまとった占いには用心しなさい。」


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 BHACに関する文章はこれで最後です。この事業を運営しているのは誰かとあなたは思うかも知れません。私が保険契約を結ぶのにも手を貸してはいますが、全ての重労働はアジートと彼の部下がやってくれています。もちろん、彼らは既に年間何億ドルもの保険引受け利益とともに240億ドルのフロートを生み出しています。しかし31人のグループでどこまでの忙しさに耐えられるでしょうか?チャーリーと私は、今こそ彼らがまる一日働き始める時だと決断しました。



以上で免税債券保険についての章は終わりです。

ちょっと難解な話でしたが、過去、免税債券のデフォルトが少なく低い保険料率で済んでいた時と現在とでは、一見状況は似ていても保険会社が抱えることになる潜在リスクは全く異なっている、と述べています。

また、過去のデータがこうだったからといって、それを似てはいても異なる状況にあてはめたモデルを妄信すべきではない、ということも述べています。

これは、過去のデータを全く見る必要がない、といっているのではなく
過去の実績を単純に未来に延長するのではなく、自分の頭で考えて判断を下すべきだ、ということなのだと思います。



この翻訳記事も全体の半分を越えましたが、まだまだ続きます。どうか最後までおつき合い下さい。